私は今コスチューム・メーカーとしてミュージカル「Lion King」の衣装を担当しています。自分でもここまで来られた事に驚いていますが、素晴らしい人たちとの出会いが合ってこそ、今の自分が在るのだと思います。

 そもそも、私が海外に出ようと考えたきっかけは、4年間日本でファッションデザイナーとして働き、「何か違う服作りに挑戦したい!」と考え、海外でコスチュームの勉強をしようと思いついたのがきっかけです。しかし、日本に居た頃はある程度の英会話は出来たものの、コスチューム学校に通えるほどの英語力はなかったので、「ワーホリで働きながら英語学校に通おう!それから留学しよう!」と思い、トロントにきました。

 The National Ballet of Canada の
[The Firebird]の舞台衣装最初の出会いはトロントに来てすぐに通い始めた語学学校の先生でした。授業中、何かのきっかけで、「コスチュームデザイナーになりたい」と発言したところ、授業終了後、先生から「知り合いがバレエの衣装を作っているから興味があったら、直接連絡を取って見学させてもらいなさい」と電話番号を頂いたのです。緊張しながらも電話をし、アポを取り、バレエの衣装を見学させて頂き、ボスも紹介してもらうこともできました。後日ボス宛てに、日本から用意していたフォトフォーリオとレジュメをダメ元で送ってみました。そして、ラッキーな事に、ここ「The National Ballet of Canada」が私の初めての海外での勤め口になったのです。The National Ballet of Canada の
[The Firebird]の舞台衣装運良く「The Firebird」という新しいプロダクションメンバーに参加することができたのです。会社の方も始めて日本人、しかも英語がたどたどしい外国人を雇ったにもかかわらず、コーワーカー達は嫌な顔せず、いろいろな事を教えてくれました。私のほうも最初の1ヶ月は、辞書にも載っていない専門用語に悩まされましたが、頑張った甲斐もあり、何とか仕事ができるようになりました。しかし、悲しい事にコスチュームメーカーの仕事は常にテンポラリーで、「ショーが終れば仕事も終わり」と言うシステムなので、私も約5ヶ月働いたバレエを離れなくてはいけなくなりました。そこで、「もっと、いろいろなコスチュームを作りたい!」とみんなに話していたとき、一緒に働いていたフリーのパターンメーカー(衣装を作る最初の段階を組み立てる仕事)の方が「一緒にライオンキングに行かないか?」と声を掛けて下さったのです。Niagara on the Lakeの
「Shaw Festival」の衣裳製作中この裏には、ほぼコネでしか仕事が取れないカナダのコスチュームの世界で、コネも何もない外国人の私を、推薦してくださったバレエのボスのおかげと言う事が後日分かりました。そうして、今はミュージカル「ライオンキング」の衣装製作メンバーとして働いています。

 ライオンキングの仕事ももうすぐ終ってしまいます。私はラッキーな事にバレエのボスから電話をもらい、次のプロダクションに参加できることになりました。今私は改めて母のいっていた言葉を思い出しました。

「やりたい事は口に出して言いなさい。そうすれば近づくことができる」

 カナダに来て今の仕事を掴んだのもそのとおりだと思います。それと同時に、素晴らしい人との出会い、皆さんの支えがあってこそとはもちろん痛切に感じています。今はもうコスチューム学校に通う必要がなくなりました。ワーホリでだって夢は充分かなうのです。これからは、ここでの経験を生かし、もっと自分の実力をつけていく為に、頑張っていこうと思っています。

Jan. 22, 2001

写真=中央2枚は本人が作ったThe National Ballet of Canada の [The Firebird]の舞台衣装。最初と最後の写真はナイアガラ・オン・ザ・レイクの 「Shaw Festival」の衣裳製作中の本人。



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